吉野家の牛丼は正義です。

やじろべえでは「土曜日営業の日は、美味しいお弁当屋さんに注文してみんなで食べる」というのが「暗黙の了解」となっていて、土曜営業の日が近づくと「今回はどこの弁当なんだろう…」と出勤する利用者さんたちがソワソワしはじめます(笑)

もちろん、近くの弁当屋さんになることが多いのですが、数回に1回は、ちょっぴり奮発して有名なお弁当屋さんや、話題のお弁当屋さんで英気を養っています。(ベスト電器そばにある「みやべん」さんは価格もリーズナブルで美味しいお弁当ですので、ぜひご賞味ください)

そんな中、利用者さんからリクエストがあり、どうしても「吉野家の牛丼」が食べたいと熱弁されました。

余談ですが、宮崎の自動車普及率は全国7位で、多くの宮崎県民が車を所有していることになります。これは「宮崎は車が無いと不便な地域」とも捉えることもできます。しかし、車の運転が障がいによって困難な方たちにとっては、「ちょっと車で行こう」の感覚でもなく、障害の度合いによっては、近くの吉野家であっても簡単な感覚で行ける店ではありません。

その利用者さんがおっしゃるには「昔、一般企業で仕事している頃の昼食は、どこでも簡単に食べられる吉野家の牛丼の時が多かった。当時は飽き飽きしていたけど、今、やじろべえで仕事をしていると、その頃を思い出して無性に牛丼が食べたくなるんだよね。もしお弁当がどこか決まっていなかったら、何十年も食べれなかった吉野家の牛丼が食べたいな。」ということだった。

11月15日(土曜日)にリクエストの吉野家の牛丼を持ち帰りで用意させていただき、出勤されたみなさんに食べていただきましたが、何とも言えない笑顔で皆さん食べられていました。

リクエストされた方からはもちろん、大変喜んでいただきましたが、他の利用者さんたちからも、自分がサラリーマンやってた頃を思い出したよ」「今度から土曜日は毎回この弁当にしてほしいです」「家族で食べに行ってた頃が懐かしいなど、吉野家の思い出をみんなそれぞれが持っていることに驚きました。

やじろべえは就労継続支援B型事業所で、障がいのある方たちが毎日、一生懸命に働かれています。毎日がんばっている皆さんのために、少しでも喜んでいただけるような「土曜日のおたのしみ弁当」をこれからもいろいろ用意したいと思います。

3 COMMENTS

小太りじいさん

こんにちは!「やじろべえ」のスタッフの皆さん!通所者の皆さん!いつもお世話になっており、大変(人”▽`)ありがとうございます☆!!
そして、先日の土曜日のお弁当、吉野屋の牛丼弁当は、本当に嬉しかった!!です。いつも心情的にも温もり、心も体も満たされる食事提供に、いつもながらに喜び一杯、感服、そして感謝(アイム・フル!!)です!🤣😘

吉牛での自分の思い出は、仕事の合間や、バンド仲間とのライブ終了後の打ち上げ酒、カラオケ・オールナイト熱唱後の、空が明るくなる頃に、締めの朝食として食べた牛丼でした。
毎週週末の夕方あたりからソワソワしだし、集まるメンバーと一緒に握るマイクと、ビールジョッキの感触は、今でもこの手のひらに名残りを刻んでいるかのようです。
自分とは、10歳から15歳ほども年が離れたメンバーたち。でも彼らは恋愛や、生き方そのもので悩む年長の自分を心配してくれ、何かあるたびに自分も誘ってくれ、話を聞いてくれたり、馬鹿を言い合ってくれたのです。
そのメンバーたちも、今から20年近く前に当時30歳過ぎくらいのリーダー(リード・ギター)が若くして突然の心筋梗塞で夭折してしまい、出会った頃はまだW大の学生だった最年少リード・ボーカルもその後うつ病を発症し行方知れずになってしまい、あえなく解散。。
間もなく、自分も指定難病の症状が深刻となり、帰省。
今は、かろうじて地元秋田に帰ったギター担当と、SNSでたまに連絡を取る程度。。
それでも、いつか残ったメンバーとまた再会できるという望みを持って、自分の命を一日でも永らえようと、日々諦めることなく生き続けているのです。

吉牛の牛丼。

その味や思い出は、他にも残っているけれど、自分の人生のうちで一番に思い出す光景は、迷わず、バンドのメンバーと夜明けの街で何十回何百回と繰り返し食べた牛丼。そして、食べた後に、またな!と、次会う約束もせずに、それぞれ別れる時の光景なのです。

そんなことを思い出しながら、先日の牛丼弁当もありがたくいただきました!!ごちそうさまでした!😁😘👍

(ちなみに、前回のフェニックス動物園への社会見学で、昼食メニューの注文違いで、希望していたカキフライ・メインの揚げ物定食が、カレーになってしまい落胆していた自分に、制作部主任がご自分のカツ・カレーと取り換えてくださり、ありがとうございました! 自分史上、第2位の美味さ!とても満足できました💕😍!!
※これまで食べたカレーの第1位は、昔留学したイギリスで、ホスト・ファミリーが作ってくれた、イギリスロイヤル・カレー。ご主人がインド出身でしたが、奥さんは生粋のロンドンっ子だったので、本場インドカレーではなかった。。)

※ここで、誤解されないように少しだけ弁明させていただきます。
自分はこのバンドでは、何も活動していません。ただ、30代半ばでメンバーたちとの不思議な出会いがあり、第二のメンバーとして彼らの活動の大部分で帯同し、酒を飲み、カラオケで馬鹿遊びしたり、結婚式に出席したり、それぞれの実家に泊まりに行ったり、旅行しただけにすぎません。
自分が最近ハマっているドラム練習とは、全く関係がなく、このバンドでドラムを叩いていたということはありません。ただ昔から、アフリカのミュージシャン「ユッスー・ンドゥール」のライブで聞いたパーカッションの響きが大好きで、小学生の頃は神武大祭で鼓笛隊のメンバーとして隊列を組み行進し小太鼓を叩いていた過去、そして20代最後あたりにヒマラヤ登山をしに、タイ、インド経由でチベット、ネパールを旅した時に、現地の人から教わり演奏した「マダル」という民族楽器(パーカッション)を今でも家に保管していて、たまに懐かしくなると叩きながら「レッサム、ピリリ~♫」と打ち鳴らしている流れで、しかも自分の持病(特に歩行するのに)に太鼓のリズム感がリハビリにとても良いので、精神的な高揚感という副産物も伴い、やっているだけです。

本日もくだらない駄文・長文を書いてしまいました。つまらないないなら、削除なども厭いません。どうぞよしなにお願いします。

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小太りじいさん

またまた、自分のことばかり書いてしまい、書き上げアップしたあとに、自己嫌悪。。。😔😥
本当に申し訳ありませんでした。。

やはり自分と同じ病気の、多くの患者たちが共通して抱える症状で、話す言葉が何を言っているのか分からなくなる構音障害、そして全身の筋肉が硬直し、その痛みと不快感に耐えるのが精一杯で、話をするのも苦痛な、医学用語で言うところの「オフ」(薬の効果が無くなった状態。

長期に渡り、治療を続けていると、薬に耐性、いわゆる「慣れ」が生じて、効きが悪くなる)の状態も増えて、ますます会話が減ってしまうのだが、その上に自分には生まれつき他人と交わって自分の考えを伝えきれる力さえ不足させる発達障害があり、それが自己発現の障害となって、いつまでも孤立の方向に引っ張っているように思う。おそらく、大人になり、その障害にいくらか対応できるようになったが、難病を発症したことで、人並みのことができなくなり、自信を失い、この10年余り家の中に引きこもっていたことで再び発現してしまった発達障害の一つ、自閉スペクトラム症(自分は、そのグレーゾーンにいるようだ)のために、自分は外面では寡黙気味にしている一方で、内面は自分のことをよく知ってほしい!と、文章を読む人に訴えかけているのだ。

だから、自分が書く文章は長々と、しかもその多くで自分のことを書いてしまうのだ。

でも、だからと言って、こんなくだらない自分のことを長々と読まされて、不愉快な思いを持つ人もいるだろうし、自分としても「やじろべえ」ブログを私事を「かまってちゃん」的にダラダラと書いて、席巻しても申し訳なく思う。なので、本来「やじろべえ」ブログの主たる目的であるはずの、通所者間の交流のためのコメント欄を維持するために、自分のブログサイトを’設けて、やじろべえブログからのリンクで読んでもらおうと思う。果たして、読んでくれる人がいるのか、どうかは分からないが、自分のことを知ってほしい、と思うフラストレーションは少しは解消されるだろう。

最後に。
難病を発症して、自分を役立たずな存在として哀しみ、焦りまくった日々。あらゆることに絶望して家の中に引きこもり続けた日々。
そんな自分でも、「やじろべえ」という居場所が与えられて、口で発する言葉には無理があるが、読み書きする言葉になら、こうして再びチャンスをいただけた。
以前から考えていた、文章を書く可能性、それに言葉を聴く可能性。家の中に引きこもっていた時にも、よく考えていた。人の悩みや痛みを聴く仕事があれば、ぜひやりたい!と。今では、難病にも罹患して、弱い立場の人たちの心にも静かに寄り添える事ができる。どんな泣き言も、どんな愚痴も、決して否定したり修正を強要することもなく、ただただ静かに聴いてあげるだけの経験はしてきた、と。
泣いている人がいれば、ただ静かに同じ哀しみの涙を流し、喜ぶ人がいれば、同じ嬉しさの涙を流す。そんな、人から聴いた話を、文章でさらに昇華できる書き手になれるといいな、と想いながら。

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mahoweb_master

>小太りじいさん様

いつもコメントありがとうございます!
本文を超越する文字数でしたが、全然迷惑ではないので、気にせずにどんどん書き込んでくださいね。
反応をいただけるだけで嬉しいです。

ブログを始められるようですが、私は「自叙伝」の本を作ることをおすすめします^^

しかし、あの時のカツカレーが人生2位にランクインなんて…(笑)
交換してよかったです!

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